AIが人事部を危機に陥れるかもしれない中で人事部は何をすればよいのか

ディープラーニング、ニューラルネットワーク…….難しい横文字がたくさん使われる分野のAI。自動運転車やガンの発見に役に立つだろうと言われていますが、一体どのように考え、利用されていくのか。そして採用までAIが行うようになっていってしまった時に人事部は果たして何をするべきなのでしょうか? 初めに前提を言ってしまうと、人事部はAIに仕事が奪われることを受け入れなければいけないでしょう。その上で、自分や社会の為にどのような仕事をする必要があるのか、果たしてそれは仕事なのかをAIを知った上で見極めなければいけません。

 

AIとはそもそも何なのか?

 

そもそもAIとはなんなのか? AIとはニューラルネットワークという技術を利用して成り立っています。一番簡単なAIのうちの一つである、文字認識AIはどのように動いているのか見ていきましょう。

 

AIには入力層と出力層があります。簡単に言えば、元になる情報と、結果です。文字認識AIであれば入力層は書かれた文字の画像データ、出力層はデジタルのテキストデータになります。そして、入力層と出力層の間にニューラルネットワークがある形になります。

これは大雑把に見れば絡み合う脳神経のような構造をしています。そこで処理が実行されていて、本来は入力と出力の間には人の手によって書かれたプログラムがあるが、AIがプログラムから学習して得られた情報をもとにして動作させています。

AIは天才のように捉えられがちですが、なんでも自分で学習するわけではないのです。学習の方法は大きく分けて2種類あり、誰かに教えてもらう方法と、自由に動き回らせて得点を与える方法である。前者のものは「教師あり学習」、それに対し後者のものは「教師なし学習」と呼ばれたりもしています。

 

「教師あり学習」はとてもイメージしやすいと思います。例えば、「りんごの画像」と「りんご」という文字をセットにしたデータを与える。その後に「ぶどうの画」像と「ぶどう」という文字をセットにしたデータを与える。このようなデータを膨大に与えることによって、AIが「りんごはこういうものなんだな」「この写真はりんごの特徴があるからりんごだろう」などと考えられるようになります。これらのデータをたくさん集めたものをビックデータと呼び、Googleなどはウェブページからこの情報を膨大に取得しています。例えば、「美味しいりんごができました」というページに画像が添付されていれば「この画像はりんごの可能性が高いな」と考え、次からその画像が何かわかるようになります。そして今我々は「りんご」とググればりんごの画像を見つけることができるようになっているのです。

 

 

 

一方、「教師なし学習」はどのような仕組みなのだろうか?イメージしやすいものは「玩具を使って遊ぶ人間の赤ちゃん」です。というのも、赤ちゃんは玩具で遊ぶ時、何も教わらなくても色々な事をします。掴む、持ち上げる、ときには口に入れようともします。それを通して「どうやったら掴みやすい」、「どうやったら持ち上げられる」、「玩具は食べられない」などと学習していくのです。

このような学習が今のAIにも可能なのです。人間には五感である「視覚」「聴覚」「触覚」「嗅覚」「味覚」の五つがあります。そして「声を出す」「体を動かす」などで動いたり、ものを伝えたりできる。AIも、カメラやマイク、センサーなどを取り付け、スピーカーやディスプレイ、モーターなどによってものを伝えることができます。このようにAIは「人間を模した機械」とも表現されることもあります。ニューラルネットワークも、脳の中にあるニューロンで作られたものと構造が非常に似ているのです。

 

 

 

医者も人事部も運転手も、アーティストも研究者もAIに置き換わる

 

AIの学習速度は非常に早く、AIアシスタント(iphoneに搭載されているSiriなどを代表とする)のIQは人の成長と比べても早い言われています。これまで仕事が奪われることはないと考えられていた医者や人事部と言った仕事も脅かされる自体になりつつあります。ガン患者と健康な人のレントゲン写真をもとに、レントゲン写真からガンを早期発見できるAIが作られたり、これまで雇った人の情報とその人の実際の業績をもとにどのような人を採用するかを決めるAIも作られています。

自動運転車ができれば、運転手という仕事も減ります。「でもAIはもとになる情報が必要だから、今までになかったものを作ることはできないんじゃないか?」と思う人もいると思います。しかし、答えは「可能」です。例えば、機械はランダムな文字を作成することができます、これはいわば「未知のアイデア」なのです。その文字をAIが良いものかどうか判断することができるようになれば、今まで人が思いつかなかったようなものを考案することが可能になります。AIに職を奪われるのはアーティスト、研究職、広報などの人も例外ではないのです。

 

 

AIへの危機は以前にもあり、同じように成長してきている

 

機械による失業危機は今回が初めてではない。1811年、イギリスで「ラッダイト運動」というものが起こりました。原因は「織り機の発明」です。これによって織物工業は効率化され、失業者が増えたのです。そしてこれを「機械の発明のせい」とした集団が織り機を壊すことを始めました。機械は職を奪うだけのもの、という考え方に固執した結果です。

とはいっても、失業危機は人類にとっても問題です。多くの人が職を失えば経済活動は鈍ってしまい、人々の生活の質は低下してしまいます。しかし、本当にそうなってしまうのでしょうか?

手作業で作成した衣類、と機械で作成した衣類を比べると、時間がかからず、人件費もかからないので、安く作成できるようになる。その利益を独り占めせず、商品の価格を下げるという方法で利益を社会に還元すれば世帯の支出は減っていきます。その空いた分の支出はどうなるのか?

ここからが重要で、人は生活の質を向上させるためにより良いサービスを使おうとします。それが高級レストランなら、そこで雇用を発生させるますし、他にも劇やオーケストラなど文化施設に行くようになれば新たな雇用のニーズが発生し、文化力も向上する。

AIにも当てはめて考えれば自ずとどうすれば良いかわかってきます。仕事が効率化され、料金が下がれば人々は新しい購買活動を始め、生活の質が上がるので、決して悪いことではないのです。しかし、AIは只の機械と違い、人々の仕事をすべて奪い尽くしてしまうかもしれないことは否めません。

それは何を意味するのかというと、無人の農場で作られた野菜が無人のトラックで運ばれ、無人のレストランで料理されるということです。我々はそのレストランに無人のタクシーで向かい、料理を食べ、無人の映画館でAIによって作られた映画を見て無人のタクシーで帰宅する。

悪い生活ではないです。しかし、このロボットが企業に専有され、料金が取られるならそれは問題です。なぜなら一定数のの支配者に世界中の富が集まることになるからです。これは世の中が崩壊することに繋がるだろうが、より良い世界を作ろうと考えてる人がこのような世界を実現させようとしているのなら、我々は仕事やお金に捕らわれない生活を送れるようになるだろう。

原因はAIではなく、我々にあるのです。